公共交通機関はもう限界…?化学物質過敏症の私が「一番苦手な運転」を始めて気づいた、自分を守るための自信
こんにちは、葵です。
化学物質過敏症(MCS)を発症してから、外の空気に怯えて一歩も出られない日々を送っていませんか?
香料、タバコ、排気ガス……公共交通機関が使えない絶望の中で、私を救ってくれたのは、皮肉にも「一番苦手だった車の運転」でした。
こわいこわい…… 一生運転しない‼
運転は、慣れだけどねぇ
この記事では、筋金入りのペーパードライバーだった私が、どうやって恐怖の壁を壊し、自分専用の「安全な空気のシェルター」を手に入れたのかを具体的に綴っています。
「運転は怖い。でも外に出たい」
そんな葛藤を抱える方の、自由を取り戻すヒントになれば嬉しいです。
- 公共交通機関からの脱出。外の世界と繋がるための「移動手段」の再定義
- 苦手意識と恐怖心の正体。ペーパードライバーが「自分専用のシェルター」を手に入れるまでの具体的なステップ
- 運転ができるようになることで手に入る「自分を自分で守っている」という確かな自信と心の余裕
筋金入りのペーパー免許だった私

「免許証は、ただの身分証明書」 そう言い切って、私は何年もの間、一度も運転席に座ることはありませんでした。
住んでいる場所は、車がないと不便だと言われる地域。
それでも私が運転しなかったのは、シンプルに「運転が下手で怖かったから」です。
教習所時代、指導員に何度も補助ブレーキを踏まれ、
「こわい、こわい!」
と叫ばれた経験は、私の自信を完膚なきまでに打ち砕きました。
適性テストの結果も散々で、私はすっかり「自分は運転に向いていない人間だ」と思い込んでしまったのです。
周りからからかわれ、劣等感を感じることもありましたが、体力には自信がありました。
どこまでも歩けるし、自転車もある。電車やバスだってある。
無理に運転しなくても、生きていける。
その変な自信のまま、私の免許証は一度も使われることなく「ゴールド免許」であり続けました。
突きつけられた「死活問題」
そんな私の頑なな決意を揺るがしたのは、MCSの発症でした。
発症した途端、それまで当たり前に使っていた「公共交通機関」が、地雷原のような場所に変わりました。
ならば歩こうと思っても、
- 前を歩く人のタバコ
- 街中の喫煙所
- すれ違う人の強い香料
以前なら、走って避ければ済んでいたものが、今の私には体が悲鳴を上げるほどの大きな障害となって立ちはだかったのです。
「一歩も安心して外に出られない」
この現実に直面したとき、私の中で初めて「運転」が選択肢に上がりました。
これはもう、便利さだけの問題ではなく、私の「生存戦略」としての切実なものでした。
自分で作り上げた「恐怖の壁」を壊す
まずは中古車探しから始まりました。
一番の条件は、車内の匂いが大丈夫なこと。
無事に車を手に入れると、動画で徹底的に予習し、夫に助手席に乗ってもらって練習を開始しました。
初めて公園の駐車場で練習したとき、もちろん怖かったです。
でも、同時に気づいたことがありました。
私が長年積み上げてきた恐怖心は、
実体以上に膨らんでいたのかもしれない
実際に動かしてみると、思ったよりも楽しく、自分で操縦して移動できる感覚は、私に新しい希望を与えてくれました。
自分の「シェルター」を手に入れて
今でもバック駐車は苦手ですし、後ろに車がつくと焦ってしまいます。
でも、近場なら一人で運転できるようになりました。
車は私にとって、外の世界の刺激から守ってくれる「動くシェルター」です。
誰にも邪魔されず、空気をコントロールできる空間。
その安心感があるからこそ、私はまた少しずつ、外の世界と繋がれるようになりました。
かつての劣等感は、今は「自分で自分を守っている」という小さな自信に変わっています。 これからも安全運転を第一に。
いつまで持てるかは分かりませんが、この「守りのゴールド免許」を大切にキープしていきたいと思っています。


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