化学物質過敏症との向き合い方。香料への敵意を「社会への願い」に変える心の軌跡
こんにちは、葵です。
すれ違う人の柔軟剤、電車の中の香水、避けられない歩きタバコ……。
かつての私にとって、街は『敵』だらけの戦場でした。
化学物質過敏症(MCS)を発症してから、私の世界は一変しました。
避けようのない香料の波に襲われるたび、私は「どうして周りの人に配慮しないの?」と、香りを楽しむ人たちに敵意さえ抱いてしまっていた時期があります。
本当に匂いが強すぎる…
逃げようか
体調や心と向き合う中で気づいたことがあります。
それは、誰も私を苦しめようとしているわけではないということ。
そして、本当に解決すべきなのは「人」ではなく、「無香料という選択肢が極端に少ない、この環境」そのものではないか、ということです。
今回は、私が「敵」を見る目を手放すまでの心の軌跡と、今、切に願っている「香りの自由と、香りに脅かされない自由」が共存する未来について綴りました。
過敏症の方はもちろん、香りに少し疲れを感じているすべての人に届いてほしい、等身大のメッセージです。
- 「なぜ香料に敵意を感じてしまうのか」という葛藤の正体と、その心を軽くする捉え方の転換
- 香料を楽しむ人と、香りに脅かされる人が「対立」せずに共存するためのヒント
- 今の社会に足りないのは「無香料という選択肢」であるという本質的な気づき
MCS発症後、私の世界は一変
街を歩けば、様々な香料にさらされる事になります。
- すれ違う人の柔軟剤が、鼻を突く
- 電車の中に充満する、誰かの香水
- 避けようのない、歩きたばこ
- 排気ガスと共に襲ってくる、芳香剤
挙げていけば、本当にキリがありません。
正直に言えば、当時は強い香りをまとっている人たちに対して、
「どうしてそんなに周りに無頓着なのだろう」
と、まるで「敵」を見るような目を向けてしまっていた時期もありました。
少し冷静にみれた時
少しずつ、体調や心と折り合いをつけながら、香料について気づいたことがあります。
- その人たちは、好きな香りに包まれて過ごしたいだけ
- 決して、私を苦しめようとしている訳ではない
- 好きな香りに癒される権利は、誰にでもある
- 悪いのは「人」ではなく、過剰に香料があふれ、それ以外の選択肢が極端に少ない「環境」である
それに気づけた時、私の中の「敵意」が薄れたように感じます。
敵を見つけるのではなく、問題の本質に気づくことこそが、重要なのだと思いました。
選択肢がほとんどない
今の世の中、無香料の製品を選ぼうとすると、とたんに選択肢が狭まります。
特定の自然派ブランドを探したり、ネットで取り寄せたり。
ドラッグストアの棚を見渡しても、並んでいるのは「華やかな香り」「清潔感のある香り」を競い合う商品ばかり。
これでは、私のような症状がない限り、わざわざ無香料を手に取る理由は見当たりません。
無香料ってなかなかないよね…
もっと種類あってもいいのにね
私が願うのは、「すべての香料をなくしてほしい」ということではありません。
もっとシンプルに、「香料入りと無香料が、同じ棚で対等に選べる」世の中になってほしいのです。
- 今日は香水を楽しみたいから、シャンプーなどは無香料にしよう
- 体調が優れないから、香りのないものにしよう
といった選択肢が、もっとカジュアルに、グラデーションのように存在してもいいはずです。
もし、近所のドラッグストアで、いつものブランドの隣に「無香料ライン」が当たり前に並んでいたら。
「香料を使わない」という選択が、特別な思想や体質によるものではなく、その日の気分や体調に合わせた「ライフスタイルのひとつ」として定着していったなら。
そうなれば、私のようにMCSで香料によって体調を崩す人も、もっと楽に息ができるようになります。
そしてそれは、過敏症の人だけでなく、香りに酔いやすいお子さんや、鼻の利くペットと暮らす人、あるいは「ただ静かに過ごしたい」と願うすべての人にとっても、優しい変化になるのではないでしょうか。
今の私が願うこと
「好きな香りを楽しむ自由」と「香りに脅かされない自由」。
その二つが対立するのではなく、共存できる未来。
そんな未来への第一歩は、きっと「無香料」という選択肢がもっと身近な場所、ドラッグストアの片隅に当たり前に置かれることから始まるのだと信じています。



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