こんにちは、葵です。

かつての私にとって、「丁寧な暮らし」という言葉は、遠い世界の話でした。

手間暇をかけて料理を作り、お気に入りの道具を大事に手入れをし、毎日を完璧に整える。

そんな生活は、めんどくさがり屋な自分には一生縁のない、選ばれし人々の習慣だと思い込んでいたのです。

基本的にズボラでめんどくさがり屋です…

完璧にする必要ないよー

ところが、化学物質過敏症(MCS)という突然の転機が、私の日常を180度変えてしまいました。

使えるものが限られ、食べられるものを選び、自分の肌を守るために必死に工夫を重ねる毎日

そんな日々の中で、ふと気づいたことがありました。

あれ? 私、いつのまにか丁寧な暮らしができているんじゃないかな

それは、おしゃれなライフスタイルに憧れたからではありません。

自分の体と心を守るために、一つひとつの選択を大切に積み重ねてきた結果、たどり着いた景色でした。

今回は、不自由さという制約の中で見つけた、私なりの「等身大の丁寧さについてお話ししようと思います。

この記事を読むとわかること
  • 「丁寧な暮らし」の真意:おしゃれな憧れではなく、自分の体と心を守るために「一つひとつの選択を大切にする」という生き方
  • 「引き算」がもたらす豊かさ:外食や既製品を制限する代わりに、自炊や手作りの「不格好なごちそう」を家族と楽しむマインドセット
  • 道具を通じた自己愛:メイク用品などの持ち物を丁寧に手入れすることが、自分自身を大切に扱う「儀式」になるという気づき

葵と静が、二人で相談しながら荷物を整理整頓し、断捨離を進めている。
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「引き算」で見つけた、食の楽しみ

以前の私は、外食が大好きでテイクアウトも頻繁に利用していました。

でも今は、肌荒れを防ぐために添加物を控え、自炊が中心の生活です。

外出のハードルが上がったこともあり、自然と「家で何を食べるか」を真剣に考えるようになりました。

もちろん、たまの外食は楽しみます

選ぶのは、比較的添加物の心配が少ない「お寿司(大好きなのもありますが)」。

また、家族や友人と過ごすときは、お店選びを制限しすぎないよう、添加物はあえて気にしないことにしています。

その代わり、前後の食事でしっかり調整して自分をいたわる。

そんな心の健康とのバランス」も、私なりの丁寧さです。

不格好なごちそう

アニメやCMを見て「あ、たこ焼き食べたい!」「ジャンクなものが食べたい!」と発作的に思うこともあります。

そんな時は、無理のない範囲で手作りしてみます。

ホットプレートや蒸し器は、そのために新調しました。

プロのような完璧な形にはならないけれど、自分たちで作った不格好な料理には、既製品にはない温かい「手作りの味」があります。

道具と向き合い、自分を整える

物の買い方も変わりました。

「なんとなく」で増やすのではなく、本当に必要かどうかを吟味して、一つ買ったら一つ手放す。

物が少ない暮らしは、結果的に私の心と体を軽くしてくれました

また、肌に直接触れる「メイク用品」への接し方も、以前よりずっと丁寧になりました

菌が入らないように本体に直接触れない工夫をしたり、使用した筆やスポンジを毎回洗って乾かしたり。

メイクの頻度が減ったからこそ、一回一回の準備が、自分を大切にするための「儀式」のようになっています。

化粧に使った道具を、丁寧に扱う葵。

おわりに

MCSになって、確かに「できなくなったこと」はたくさんあります。

でも、その不自由さが、私に「一つひとつの行動を丁寧に選ぶ」という豊かさを教えてくれました。

できないことに目を向けて嘆くより、今の自分にできることを少しずつ増やしていく

そんな「私なりの丁寧な暮らし」を、これからも楽しみながら紡いでいきたいと思っています。

葵と静が、二人で相談しながら荷物を整理整頓し、断捨離を進めている。
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